少年時代の出逢いは強烈な影響を及ぼすものだ。
少なくともオレにとっては、そう云う好機に恵まれた。
小学4年生のとき、所謂お山の大将だったオレに
塾で別の小学校の勉強仲間の友人にこう言われた...
「あのさぁ、気は遣わずに、頭を使うべきだよ!」
一瞬、何を言っているのか分からずに時間が停止した。
オレ様に向かって説教しやがって〜と云う気持ちもあったが、
それ以上に、こいつ巧い事言いやがる!と感心したものだった。
小学校4年生の餓鬼の戯言だし、きっと誰かの言葉の受け売りかもしれない。
しかし、咄嗟の場面で出てくるのは流石だと思った。
そんな彼は、かなり成績優秀で、誰からも一目置かれる生徒だった。
オレは何を血迷ったか彼と同じ学校を第一志望にしてしまった。
...これも負けず嫌いの病かもしれない。
まぐれでオレはパスしたものの、彼は運悪く試験当日酷い下痢に襲われ
受験どころでなかった。
彼は第二志望のK応に進学したのだが、結果としては正解だったようだ。
そのままエスカレートで受験なしでK大医学部に進学したのだから...
中学2年生のとき、BEATLESに狂っていた。
死語になっているが所謂ビートルマニアである。
しかし、ビートルマニア初心者のオレはYOKO ONOを
理解する事が出来なかった。BEATLES崩壊元凶の魔女だと思っていたのだ。
(現在では彼女の音楽のみならず、生き方にも共鳴している)
ある日、音楽好きの仲間とPAULとJOHNの音楽性の違いについて盛り上がっていた。
オレは「どうも、小野洋子の音楽は気味が悪く性に合わない」と発言した。
自由且つ活発な中2の教室での討論だったのだが、
ある友人が「評価は人によって違っても構わないとは思う。
人間の多様性と比例して感性や嗜好にも多様性がある筈だから。
そして、好きなものを好きだと言うのも自由だ。
しかし、嫌いなものを嫌いと発言するのは言葉の暴力に過ぎない。
このクラスの誰かがオノヨーコのファンだったら、
君の無神経な発言で傷付くんじゃないのかな?
言論の自由と、無分別な発言をはき違えてはいけない!」
この時も、またまたオレ様に向かって何を言いやがる!と一寸は思ったが、
こんな明解な指摘を受けて、ただただ赤面するばかりであった。
オレは「そうだな...オレが稚拙だったよ」としか言えなかった。
その彼は将棋が得意だった。そして、オレも将棋が好きでまあまあ強かった。
研修旅行に行った際、自由時間に彼と何回か対局した。
この負けず嫌いなオレが...飛車角抜きで全て完敗した。
最後に飛車角に加えて金もひとつ抜いてみたが、結果は同じであった。
そんな彼は当たり前のように旧帝大経由で官僚になった。
お老成な発言をした彼らと違い、どうやらオレの少年時代は単細胞だったようだ。
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