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石川啄木(1886-1912)

岩手県玉山村生まれ。
1902年盛岡中学を自主退学して上京、与謝野鉄幹・晶子夫妻を訪ねる。
病気で帰郷の後、1905年詩集『あこがれ』刊行。
故郷での代用教員、北海道での新聞記者生活のなどを経て、1910年『一握の砂』出版。
1912年肺結核のため東京で永眠。第二歌集『悲しき玩具』は死後出版された。

望郷と漂泊の天才詩人として知られる石川啄木は、
「歌は私の悲しい玩具である」 「歌を作るのは不幸な日だ」と告白しながら、
「一生に二度とは帰って来ないいのちの一秒」をいとおしみ、
消え去る刹那の感動を見事に結晶させました。
わずか26年の生涯ながら、その歌は近代短歌史に輝かしい1ページを刻んでいます。

啄木



たわむれに 母を背負ひて そのあまり

軽きに泣きて 三歩あゆまず




明治41年6月25日に作られた歌です。
啄木が北海道から単身上京して、2ヶ月程たった頃です。
この日の啄木は次々と歌が浮かんでいました。
そして夜2時まで141首の歌を作りました。
この中で父母のことを詠んだ歌は約40首あり、
「泣きながら作った」と日記に記しています。
 この頃、啄木の父は青森の寺に身を寄せ、
母は函館で啄木の妻と共に暮らしていました。
親子が離れ離れに暮らしているからこそ、
懐かしく思われるのでした。


20年以上も闘病生活をしてきた私の母が
緊急入院を終え、昨日退院しました。

入院中は、絶望からの虚無感で覆われていましたが
今日は鰻重を一人前平らげました。
思わず...涙が出そうになりました...

いつもの母の毒舌の戻る日が来るのであろうか...



ご無沙汰しています!

いつもコメントありがとうございます。

全日本参加、すごいですね。
自分もそこまで這い上がりたいです。
ホント頑張ってください。

自分も頑張ります。

実は、ご無沙汰していたのは、ここ数週間、
何度かコメントを試みたのですが、「禁止ワードが
含まれています」とのことで、コメントできません
でした。

まさか「めざせ黒帯」が禁止ワード(汗)と思いきや、
いろいろなペンネームで試みたのですが、ダメでした。

コメント欄にURLは空白にとの事で、今回はに送れたので
安心しました。

これからもよろしくお願いします。


【2008/04/15 22:40】 URL | めざせ黒帯 #-[ 編集]
めざせ黒帯 さん


ご面倒をお掛けしました〜
URLを禁止にすると
変な宣伝の書き込み防止効果が絶大なもので...

>全日本
今迄、さまざまな流派の大会に参戦してきました。
ちょっとルールが違うと全く別の格闘技になりますから...
(一定のルールだけの空手だとスポーツでしかないので)

K-1の選手が極真の大会に出てもまず勝てないし、
極真のチャンピオンがK-1に出ても、一流選手には
全く歯が立たないし...
(ティシェイラもいい例ですね)

K-1ルールに対応した故アンディはやっぱり凄いです!
(長い苦労がありましたけど)

K-1MAXに出場しているムエタイのブアカーオも天才です。
ムエタイルールなら子供扱い出来る相手でも
K-1ルールだと多少まごついていますが
2度王者になってますし!

20代だったら、K-1目指してたかも(嘘爆)
【2008/04/16 19:20】 URL | DAYAN #rpdUUK16[ 編集]
このコメントは管理人のみ閲覧できます
【2008/04/22 21:13】 | #[ 編集]














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